「麻薬」は「安全な痛み止め」です


がん治療をしていると高頻度に麻薬の処方をすることがあります。しかしその言葉の響き、あるいは映画・ドラマでの演出によって「麻薬は副作用が大きい」「麻薬を使うと寿命が縮む」と恐怖心を抱いてしまい、処方された麻薬を飲まずにがん疼痛に苛まされることが多々見受けられますので、今回は「麻薬」は「安全な痛み止め」であるということを、患者さんだけでなく、がんが一般的な病気となった今、周囲の人も含めて理解して頂ければと思います。日本での医療用麻薬の理解が進んでおらず、その使用量はアメリカ・カナダ・ドイツの20分の1程度となっています(厚生労働省資料より)

結論を先に言えば「麻薬での治療で寿命が伸びます
(非小細胞肺がんの患者さん達にに早期から(麻薬治療も含めた)緩和ケアをしていると生活の質もよくなり、寿命も伸びたという報告で直接麻薬だけを比較したものではないですが示唆は得られます(Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer.)話を簡潔にするためやや荒い結論なのはご容赦ください。)

麻薬とは何か
「麻薬」は「安全」だと言いながら実は麻薬を定義するのはかなり難しいです。
広辞苑第7版によると「麻酔作用を持ち、常用すると習慣性となって中毒症状を起こす物質の総称」とされますが、よく芸能人が乱用して捕まるイメージのMDMAやLSDといった麻酔薬ではなく幻覚作用をもたらすものも合成麻薬として報道されています。また広辞苑には続いて「麻酔薬として医療に使用するが嗜好的乱用は大きな害があるので法律で規制」と書かれており法律の内訳は「麻薬及び向精神薬取り締まり法」「あへん法」「大麻取締法」「覚せい剤取り締まり法」となっています。これはもっぱら取り締まる側としての分け方であり自然科学的な意味合いの分け方ではありません。大麻は「アサから製した麻薬」(広辞苑)とあるように麻薬なのですが、その茎の繊維としての使用と種子の食用としての応用があるので「大麻取り締まり法」という別枠を設けられています。
なのでここでは麻薬を「(麻酔作用or向精神作用)と中毒性があり乱用すると身体と社会に害を及ぼすタバコでもアルコールでもない物質」という意味合いで使います(向精神作用とは精神状態に影響を及ぼすという意味です)。「乱用すると」というところがポイントです。

麻薬の歴史
阿片はエジプト、コカインは南米、LSDはスイス、覚せい剤は日本、大麻はアラビア半島と行った具合に様々な場所で発見され、例えば南米でコカの葉は高山病によく効くとされて薬として扱われていました。
近代の有機化合物化学の発展に伴い、1805年には阿片からモルヒネが生まれ、続いてキニーネ(マラリアの特効薬)、1821年カフェイン、1828年ニコチン、1885年に医療でもよく使われるエフェドリン、1893年にエフェドリンから覚せい剤が合成されました。

現在、疼痛のための治療薬としての麻薬で日本で扱われているものは主なものでモルヒネ、オキシコドン、フェンタニルでほぼモルヒネと同じ種類になります。(医療用大麻が世界的なトピックになっていますが、鎮痛的な意味合いはそれほどでもなく、また日本では当分使用されないだろうことから今回はとりあげません。)

麻薬の怖さ
麻薬が法的に規制されていることにはやはり意味があります。もちろん種類によって差はありますが以下の4つが主な理由でしょう。

向精神作用(興奮・鎮静・幻覚作用):麻薬と脳内伝達物質の構造が似ているため脳に種々の影響を及ぼす。興奮(覚せい剤など)・鎮静(モルヒネなど)・幻覚(大麻など)
精神依存性:その薬なしでは生きられず、多大な犠牲をもかえりみずにある薬物を脅迫的に求めてしまう衝動に駆られる。
身体依存性(禁断症状):その薬物なしでは生体のバランスが取れなくなり、薬を切らすと例えば「自律神経の嵐」とも呼ばれる禁断症状が現れる(多量の冷や汗や鼻汁、嘔吐・下痢・痙攣・死亡など)
急性中毒:過量の摂取によって例えば呼吸停止などで死に至ることもある。

これらは医療用で用いられる場合は実はあまり問題になりません。医薬品として質が担保され、医師の処方によって量が担保されるので急性中毒は起こしにくく、現在疼痛のコントロールとして用いられるモルヒネなどは鎮静作用が主で、精神を落ち着かせるプラスの効果があります。また日本緩和医療学会のガイドラインによると癌という慢性炎症性疼痛化では精神依存も身体依存も起こさずに安心して使用できると提示してあります。(論拠はマウスの実験ですが、実臨床でも問題になっていません)

逆に言えば闇で取引される場合は質も量も担保されず(不純物が多く含まれて、適正な量もわからない状態)、過量摂取で急性中毒になったり、慢性疼痛下にない状態で繰り返し使用するため依存が形成されてしまい離脱困難になると言えます。

麻薬による犯罪
罪を犯してまで使用するものの内訳を見てみます。
29年度版犯罪白書


日本では断トツで覚せい剤で捕まる人が多く(約1万人/年)次いで大麻(約3000人)残りが「麻薬」(麻薬及び向精神薬取締法に該当する麻薬)(約500人)です。覚せい剤が最も身近で、気分を高揚させる効果があり、その次が幻覚作用をもつ大麻、数は少ないが芸能人が捕まるニュースで目立つLSDなどもやはり幻覚などの向精神作用をもたらすものですね(「麻薬」に該当します)。
人は体が健康であっても現実から逃避させてくれる物質を望むのかもしれないなと思わせます。前述の通り健康な人(疼痛や疾病のない人)が使えば(たとえそれが医薬品であっても)毒になるだけなのですが。
ちなみに私たち医療者が使うモルヒネなどは件数の少ない「麻薬」に入ります。治療で無事に良い方に向かい、痛み止めが必要なくなった人が依存を形成して求めていることはなさそうな結果です。

麻薬が広まったきっかけ

そもそも麻薬が何故広まったかというのを紐解くと興味深いです。やはり戦争と麻薬は切り離せないですね。また大麻はアルコールの代わりとなる宗教的な儀式に使われていたのも、大麻のもつ暗示をかける作用の裏付けのようで面白いです。また阿片の様子をみると反社会的な組織の資金源となりやすい(この場合は英国や日本の資金源になってしまいますが)ことも麻薬の医療用以外の乱用を促進しているのだと思います。

あへん:18〜19世紀の中国・イギリス・インドの三角貿易・アヘン戦争、日中戦争で中国に大量に持ち込まれた(イギリスからの銀の支払いの代わりにや日本軍の資金源として)。
モルヒネ:クリミア戦争、南北戦争、独仏戦争などの外科治療や鎮痛剤として。コントロールなく使用され依存性を形成し「兵隊病」とも呼ばれた。
覚せい剤:日本で第二次世界大戦に気分を高揚させる薬剤として軍人や軍需産業の工人に支給された(突撃錠)など。戦後民間に大量に放出された(ヒロポン)。ちなみに別名のシャブは「骨までシャブられても薬をやめない」という俗称からだと言われている。
大麻:紀元前からイスラム教(アルコール禁止)圏で宗教儀式や医療に広く用いられた。ヨーロッパではアヘン戦争で阿片の代わりに大麻が入るようになってから大流行した。アメリカではベトナム戦争時に反体制運動のシンボルとして大麻を吸うようになった。

医療用麻薬の副作用

前述した通りのいわゆる麻薬の恐ろしい作用は医療用で(医師が医薬品を用いる場合)は問題になりません。それでもおおよそ麻薬を使うのは大抵の場合、通常の鎮痛薬が効かなかった場合に次のステップとして用います。というのも医療用として質や量が担保されたものであっても以下の副作用は現れることがあるからです(主なもの)。
・吐き気
・眠気
・便秘
これに対する薬はありますが一時的に飲む薬の量が増えてしまい、また別の副作用を誘発してしまうこともあるので体の状態と相談しながら服用を決めます。ただ通常の鎮痛薬(ロキソニンなど)も連用して飲めばそれなりに副作用もありますので麻薬だから特別ってほどでもありません(むしろ麻薬の方が副作用が少ない場合もあります)。

麻薬を使いませんかと(医師に)問われたら

疼痛で困っていれば躊躇なくYESと答えて良いでしょう(それが生活の質をあげ、寿命を伸ばすことに繋がります)。もし吐き気や眠気が疼痛よりも困る場合は使用を躊躇するという具合で良いと思います(それでも吐き気どめなどを使って抑えられますが)。ただもし民間の方から(疼痛もないのに)「麻薬使わない?」と誘われた場合は体の不調をきたし、(反社会的な組織の)資金源として依存性を形成させられカモられることになります。気をつけるべきは麻薬よりも麻薬を扱う人たちの意図なのだと思います。

<今回参考にした書籍>

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