うつ病は「予防」できる

うつ病というとどんなイメージでしょうか。

一般的には「心の風邪」とも言われ軽く捉えられがちな疾患ですが、実は「がん」に並ぶ個人の幸福や社会に大きなダメージを与えている疾患の1つです。

日本の死因第一位は「がん」ですが年齢別に見ると10代〜30代の死因の第一位は「自殺(自死)」です。(厚生労働省発表

世界的にみても多い日本(世界8位)の自殺(自死)の主要因の1つがうつ病と言われます。

そのうつ病の数は年々増加しています。またうつ病の方全員が医療機関を受診するわけではありません。現在の日本の受診者数は100万人程度ですが、(病気になった人全員が受診するわけではないため)WHOの推計だと日本だけで506万(25人に1人)いるとされています(WHO発表

またDARY(障害調整生命年:(ざっくりすると)失われた健康の年数)が2030年には全疾患の中で一番になると予想されており(The global burden of disease: 2004 update)世界でも最重要課題の1つとされており対策が急がれます。

日本においてもうつ病のコストが計算されており2008年の段階で、3兆900億5,000万円のコスト(直接費用+間接費用)とされていますが世間ではあまり注目されていません。(2002年のコストは1兆4000億円であり6年で倍増)

このような個人と社会にインパクトを与える「うつ病」ですが、その世間への理解の進まなさは「医学的にも理解されていない」ことにあると思います。今のところ、うつ病患者の脳内の変化を強固なエビデンスで示せている論文はありません。(例えばパーキンソン病なら中脳の黒質のドパミン神経細胞の変性を主体とする進行性変成疾患と言えるし、がんなら腫瘍細胞の増殖と言える)。一応「うつ病」と診断する診断基準(参考:うつ病学会治療ガイドライン)はありますが抑うつ気分や焦燥感などの「症状」を見ているだけで病態が見えているわけではありません。

ただうつ病という「症状」は昔から見られており「概念」としては古代ギリシャの哲学者たちまで遡ると言われ当時はメランコリー(黒胆汁)が増減する病気と捉えられていました(勿論今では間違い)。それだけ歴史があり、それなりに治療法も試されており、その治療反応を見ながら脳内の仮説が立てられていきました。

有名なものが「モノアミン仮説」です。脳内のノルアドレナリンやセロトニンというモノアミンと呼ばれる神経伝達物質を増やす物質を投与すると抗うつ効果が現れるために「うつ病はモノアミンの不足の状態だから抗うつ薬はモノアミンを増やすために効果を発現する」と考えられた仮説です。画期的な説明ではありましたがそれでは薬を投与してから2週間程度のタイムラグをおいて効果発現する理由を説明できませんでした。

さらに「仮説」が進みます。そこでラットを使った実験でエール大学のDuman教授が抗うつ薬を投与し続けるとBDNF(脳由来神経栄養因子:神経細胞の成長を促す蛋白質)が増えることを発見し、うつ病は物理的な神経の回路の問題であることが示唆されました。

また何らかの「ストレス下に晒されている」人がうつ病の症状を呈するというのは理解しやすい事実ですが、「ストレス下に晒される」というのは医学的には2つの反応を意味しています。短期的にはアドレナリンを介して(興奮ホルモンをドバドバ出して)交感神経を優位にする反応と、長期的には「視床下部ー下垂体ー副腎皮質」系で要はコルチゾール(ストレスホルモン)を出して血糖を上げたり炎症を抑えたりする反応です。
その後者のコルチゾールによって神経細胞の変性が起きる現象が実験で認められました。

この2つから新たな仮説が生まれます。「脳の神経新生とうつ病が関連する」というものです。神経回路がまともに接続されていなければそれはまともな思考回路は難しいし、そのダメージが軽微ならカウンセリングだけでもある程度復活してくるんだなぁとも納得できます。もし自分の周囲に患者さんがいるのなら【「心の風邪」ではなく「神経突起の萎縮」なのだと理解すれば、患者の思考回路も正常ではなくなってくるのである程度他者(治療者)の介入が必要だろうし、神経が再生してくるにはそれなりに時間がかかるのだろうなあ】とある程度長い目で見守ることも可能になる良い説明だと思います。

ただ、気をつけて頂きたいのはまだ実際には「うつ患者の脳」をたくさん調べることができているわけではないのでまだ「仮説」の段階です。(自殺した人の詳細な病歴と脳を調べるというのは社会的に難しそうではありますし、然るべき保存・解析機関が今はありません)。それでもこの「仮説」がうつ病の治療や予防方法をイメージしやすくしてくれるので私は支持します。

ストレスで神経変性する」「神経変性するとうつ病になる」ということを意識するとうつ病予防に2つのアプローチがあります。

まず1つが「身体疾患」にかからないことです。当然ですが身体疾患はストレスになります。

例えば糖尿病はうつ病のリスクになります。6万5千人の女性看護師を対象とした10年間のコホート研究では2型糖尿病の人はそうでない人に比べて1.2倍-1.5倍とリスクが高くなっています。糖尿病患者の15-20%がうつ病を有しているとも言われます。

脳卒中もうつ病のリスクです。とある研究では脳卒中後の患者に15-25%にうつ病が見られたとし米国心臓協会はそれを言語障害などの除外基準に当てはまる人が多いので本当は脳卒中後の半数にうつ症状を認めると推測しています。

がん患者も20%-40% を抑うつ気分を経験する言われ、それは疼痛の強さに起因するとも身体機能制限に起因するとも言われています。

ただ糖尿病や脳卒中は「お金不要の健康な食事法」は予防できますし、がんは「がんを予防するたった3つの事」である程度防げます。端的に言えば健康な体を保つということです。

もう1つ興味深いデータがあります。

不眠のある者がうつ病は発生するかどうかを調べた17本の前向き研究のメタ解析では不眠の人は2.1倍うつになりやすいという報告がされています。

またうつの80%-90%の人は不眠を併発します。そこでうつ病の治療で抗うつ薬に加えて睡眠薬を投与した実験が行われ、睡眠薬を加えた群では抑うつ症状の改善が有意に認められたとの報告があり(このあと薬剤を使わない不眠に対する認知行動療法でも同様の結果が得られた)、不眠に対する対策がうつ病の他の症状(食欲減退や焦燥感など)を改善することが認められました。

このように不眠とうつの関連は深く、睡眠の改善によるうつ病の予防(+治療)効果が認められています。

うつ病というと人間関係ばかりがクローズアップされたりしますが、食事と睡眠の改善だけでも予防(ある程度)できることがわかります。特に管理職の方は職場の人がちゃんと睡眠できているかどうかチェックするだけで、組織のパフォーマンスを上げげられるヒントになりますので気をつけて見てください。そしてここではあまり触れませんでしたが、うつ病になった時はそれが本当にうつ病なのかどうかの診断が治療のカギになりますので医療機関への受診を(心の病だなどと言わずに)促してください。そして(今は痛んだ脳神経が修復されつつあるんだなぁと思いながら)長い目で治療に付き合うことが大事なのだと思います。

以下に参考にした本を挙げておきます。

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